
EPA、がんに効果が期待される栄養素
青魚に多く含まれる栄養素のEPAには、人の健康に寄与する作用があると研究報告され、注目を集めています。
今回は、EPAのがんに対する効果について、田無病院院長・丸山先生にご寄稿いただきました。

丸山 道生
医療法人財団緑秀会・田無病院 院長
1980年 東京医科歯科大学医学部卒業。元 東京医科歯科大学外科臨床教授、現 東邦大学医学部外科客員教授 [所属学会]日本栄養治療学会名誉会員、日本外科代謝栄養学会特別会員、日本在宅医療連合学会理事、日本病院会東京支部理事、日本外科学会専門医、日本消化器外科学会指導医
EPAとは?
EPA(エイコサペンタエン酸)は、ヒトの体では作ることができない、口から摂取する必要のあるω-3系不飽和脂肪酸の一つです。イワシやサンマなどの冷たい海にすむ青魚に多く含まれています。ω-3系不飽和脂肪酸を豊富に含むアザラシを食べるグリーンランドのイヌイットには急性心筋梗塞の発症が少ないという1970年代の研究により、EPAが注目されるようになりました。その後多くの研究がなされ、EPAには、血をサラサラにし心筋梗塞や脳卒中の発生を抑える作用のほか、炎症やアレルギーを抑える作用、動脈硬化や脂質異常症を抑制する作用など、様々なヒトの健康に寄与する作用 が確認されました。今回はその中でも注目されているがんに対しての効果を取り上げます。
EPAのがんに対しての数多くの効果
がん細胞や動物を使った基礎的な実験、がん患者を対象とした臨床的な研究、そして疫学的な調査などにより、EPAはがんに対して、発生を予防する効果、増殖を抑え大きくしない効果、抗がん剤の効き目をよくする効果、がんによって障害される日常生活の質や全身倦怠感、そしてがんにより引き起こされる食欲低下や体重減少(がん悪液質)を改善する効果など幅広い効果が確認されてきました。

がんの発生を予防する
疫学的に日本食や地中海食など魚をよく使う食事をとっている地域では、がんの発生が少ないことがわかっていました。これはEPAに代表されるω-3系不飽和脂肪酸の直接の効果を示しているとは 限りませんが、がん発生を抑えるのにω-3系不飽和脂肪酸の摂取がかかわっている可能性が考えられるのです。また、肝臓のがんに関して、ω-3系不飽和脂肪酸を多くとっているとがんになりにくいという日本の臨床研究も発表されています。EPAに代表されるω-3系不飽和脂肪酸はがんの予防に効果がある可能性が示唆されているのです。
がんの増殖を抑える
がんの培養細胞を使った多くの基礎的実験によって、EPAが細胞の増殖を抑え、がんを小さくする効果があることが確認されています。さらに、マウスにがんを移植した実験では、移植したがんの大きくなる速度をEPAが抑える効果があることも報告されています。このような抗がん作用は、EPAが細胞を死に至らしめるアポトーシスを誘発することや、がんによる血管増殖を抑制することによると考えられています。
一部のヒトでの臨床研究で、EPA摂取により肺がん・膵がん患者の生存期間が延長したという報告も見られます。ヒトでのさ らなる研究が期待されるところです。
抗がん剤の効果を高め、副作用を少なくする
ω-3系不飽和脂肪酸が、いくつかの抗がん剤の作用を高めて、抗がん剤の効きがよくなり、生存期間も長くなること、また体重も増えることが報告されています。一方、抗がん剤による副作用である白血球の減少、末梢神経炎などの発生を少なくし、抗がん剤の治療を効果的に長く続けられるようになることも報告されています。EPAはがん治療を行うに際して有望な栄養素といえるのです。
がん患者の生活の質を高める
肺がん症例を対象として、ω-3系不飽和脂肪酸のサプリメントを摂ることで、健康であるという感覚や日々の生活の質、身体の運動能力、食欲などが向上したと報告されています。このような報告から、EPAを摂取することで、がん患者の総合的、全身的な病状が回復するという可能性が考えられています。
がんで痩せてしまう「がん悪液質」を改善する
がんが悪化していくに従い、食欲がなくなり、筋肉や皮下脂肪も減ってげっそりしてしまう、それを「がん悪液質」といいます。がん悪液質の原因は、がんによって引き起こされる体全体の炎症反応で、それにより体が消耗してしまうのです。EPAはこのがんによる炎症反応を抑える働きがあるので、がん悪液質を改善し、体重を回復させる作用があると考えられています。実際、膵臓や胃・大腸などのがんに関して、いくつか の臨床研究でEPAによる体重の改善が確認されていて、がん悪液質に対しての効果が期待されているのです。
以上のように、EPAはがん患者の様々な状況に対してその効果が期待されています。さらなる臨床研究により、その効果が確実になっていくことでしょう。
EPAの免疫賦活と腎疾患の有効性
主に青魚に多く含まれることが広く知られており、人の健康に寄与する効果があるという研究報告があるEPA。
今回は、EPAが免疫系や腎 疾患に与える影響について、東京医科大学病院・宮澤先生にご寄稿いただきました。

宮澤 靖
東京医科大学病院 栄養管理科
1987年 北里大学保健衛生専門学院栄養科を卒業後、篠ノ井総合病院栄養科に入職。1993年 エモリー大学医学部臓器移植外科 栄養代謝サポートチームに留学。2002年 医療法人近森会の栄養科長となる。2009年 社会医療法人近森会臨床栄養部部長および栄養サポートセンター長として勤務。2019年 現職の東京医科大学病院の栄養管理科科長兼東京医科大学医学部講師
エイコサペンタエン酸(EPA)は、ω-3系多価不飽和脂肪酸の一種であり、主に魚油に含まれる重要な脂肪酸です。EPAは健康に対して多くの有益な効果を持つことが知られており、その中には免疫系の賦活効果も含まれています。ここでは、EPAが免疫系および腎疾患に与える影響について説明していきます。
1. 抗炎症作用
EPAは抗炎症作用を持つことが知られています 1)。炎症は免疫応答の一部ですが、慢性的な炎 症は健康に悪影響を与えることがあります。EPAはプロスタグランジンE2やロイコトリエンB4などの炎症促進メディエーターの生成を抑制し、代わりに抗炎症作用を持つエイコサノイドの生成を促進します。これにより、炎症反応が調節され、慢性炎症疾患のリスクが低減されます 2)。
2. 免疫細胞の機能調整
EPAはさまざまな免疫細胞の機能を調整することができます。例えば、EPAはT細胞、B細胞、ナチュラルキラー(NK)細胞、マクロファージなどの免疫細胞に影響を与えます。EPAはこれらの細胞の膜脂質の構成成分となり、細胞膜の流動性を向上させ、シグナル伝達を改善します。これにより、免疫応答がより効率的に行われるようになります 3)。
3. サイトカインの産生調整
サイトカインは免疫応答を調節する重要な分子であり、EPAはこれらの産生にも影響を与えます。EPAは炎症性サイトカイン(例:インターロイキン-1β、インターロイキン-6、腫瘍壊死因子α)の産生を抑制し、抗炎症性サイトカイン(例:インターロイキン-10)の産生を促進します。これにより、過度な炎症反応を防ぎ、免疫系のバランスを保つ 4,5)ことができます。
4. 脂質メディエーターの生成
EPAはレゾルビン、プロテクチン、マ レキンなどの抗炎症および炎症解消メディエーターの前駆体となります。これらの脂質メディエーターは炎症反応の終結を促進し、組織の修復を助けます。これにより、急性の免疫応答が効率的に解消され、組織の恒常性が回復されます 6)。
7. 血圧と血管内皮機能の改善
高血圧はCKDの主要なリスク因子であり、腎機能の低下を加速させます。EPAは血管拡張作用を持ち、血圧を低下させる効果があります 4)。具体的には、EPAは一酸化窒素(NO)の産生を促進し、血管内皮機能を改善します。これにより、血管の弾力性が向上し、血流が改善されるため、腎臓への血流も確保されます。
5. 臨床応用と健康効果
EPAの免疫賦活効果は、さまざまな健康状態において臨床的に応用されています。例えば、EPAのサプリメントは関節リウマチ、炎症性腸疾患、アトピー性皮膚炎などの炎症性疾患の症状軽減に役立つとされています。また、EPAは心血管疾患のリスク低減にも寄与することが示されています 7)。
6. 腎疾患に対する効果
EPAは腎疾患、特に慢性腎臓病(CKD)に対しても有益な効果を持つことが研究で示されています 8)。EPAの抗炎症作用は、腎臓の炎症を軽減し、腎機能の低 下を遅らせるのに役立ちます。さらに、EPAは血管内皮の機能を改善し、血圧の調節にも寄与するため、腎疾患の進行を抑制する可能性があります。特に、EPAは高トリグリセリド血症の患者において、血清トリグリセリド濃度を低下させることで、腎臓への負担を軽減する役割も果たします。EPAのサプリメントは、腎疾患の管理および進行抑制において有望な補完療法とされています。
8. 腎糸球体の保護
EPAは腎糸球体の保護作用を持つことが報告されています。具体的には、EPAはメサンギウム細胞の増殖や基質の蓄積を抑制し、腎糸球体の硬化を防ぎます。また、EPAは尿中アルブミン排泄量を減少させることが示されており、これは腎機能の改善を示す指標です 9)。
9. 臨床試験における証拠
複数の臨床試験がEPAのCKD患者に対する有効性を評価しています。例えば、EPAサプリメントを摂取したCKD患者では、腎機能の低下速度が遅くなることが示されています 9)。また、EPAは透析患者においても炎症マーカーの減少や心血管イベントのリスク低減に寄与することが報告 10)されています。